「たまには脳の気持ちになって考えてみよう」 脳を考えるポイントは意識と無意識の違いです。心は意識と無意識の二重構造をとっているのです。私たちは意識できる部分しか意識できませんから、ともすると「意識している自分こそが自分のすべてだ」と勘違いしがちです。実際には、脳は意識よりも無意識のほうがはるかに広い世界を持っているため、自分で意識した「自分の姿」は独りよがりで、本当の「自分」ではないことが多いのです。これこそが脳を考えるときの落とし穴です。 公開講座では、脳の無意識の世界を探索しながら、本当の脳の姿を知り、そして謙虚な気持ちになって、自分の真の理解へとつなげてゆくことを目指します。今回の講座のキーワードは「ゆらぎ」です。意外に思われるかもしれませんが、脳はいつでもフルに活動しています。起きているときも寝ているときも、生まれてから死ぬまで、片時も休むことなく脳は活動しています。こうした持続活動は、脳の外の世界(光や臭いや味などの感覚)とは直接関係ないので、「自発活動」と呼ばれています。 自発活動のレベルは、集中しているときでも、ボーっとしているときでも、眠っているときでも、ほとんど変わりません。車にたとえて言うのならば、ずっとアクセルを踏みっぱなしにしているようなものです。常にガソリンを消費しているわけです。なんとなく無駄遣いで、もったいないような気がします。そんな外には見えない燃料の使い方から、こうした脳の裏側のエネルギーを「暗黒エネルギー」と呼ぶ科学者もいるくらいです。 しかし逆に、そこまで大量のエネルギーを使っているのだから、自発活動には、きっと何かの意味があるのだろうと考えることもできます。私の研究対象は、まさに、この自発活動にあります。自発活動を研究する上で目標にすることは4つあります。
この4つのテーマは、追求しはじめると、どれもとても楽しいものですが、今回は時間に限りがありますので、主にテーマ2と4の話題について、私自身の研究と、現在の脳科学の仮説を説明したいと思います。 自発活動を通して見えてくる脳の世界は、実に、不可思議なものです。調べれば調べるほど、自発活動が私たちの精神に深く根ざしていることがわかります。人間の脳の隠れた本性を暴いて、脳科学が到達した驚くべき解答とは・・・その答えをわかりやすく、そして、楽しくお話したいと思います。 池谷裕二1970年生まれ。東京大学・大学院薬学系研究科・准教授、科学技術振興機構さきがけ研究員、1998年、東京大学にて薬学博士号を取得。専門分野は神経生理学、システム薬理学。海馬の研究を通じて、脳の健康や老化について探求している。具体的な研究テーマは、i) 海馬回路の高次可塑性、ii) 多ニューロン活動の光学的測定。2002〜2005年、コロンビア大学(米ニューヨーク)に留学。代表的な著書に『海馬』(新潮文庫、糸井重里氏との共著)、『記憶力を強くする』(講談社ブルーバックス)、『進化しすぎた脳』(講談社ブルーバックス)、『脳はなにかと言い訳する』(祥伝社)などがある。ホームページ http://hippocampus.jp/ |